風林火山

由布姫ゆかりの地 信州高遠 バージョン16

これから、信州高遠(伊那市) に行ってきます。

由布姫様の息子・武田勝頼&武田軍師 山本勘助が関係したロマンかおるゆかりの地のようです。

信州岡谷 小坂観音院・諏訪大社上社本宮・前宮によって杖突峠(国道152号)から行きたいと思います。

帰りに、諏訪大社 下社春宮・秋宮にも再度寄ってみたいと思います。

皆さまに、戦国ロマン溢れる旅をご紹介したいと思います。

戦国の武将 織田信長・明智光秀・豊臣秀吉・徳川家康も関係してくるので、ロマンをテーマにご紹介します!

お・た・の・し・み・に・・・ようこそ 信州へ♪

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由布姫ロマンかおるゆかりの地 信州諏訪 桑原城 バージョン15

Img_7109 先ほどの上原城は雑誌等で掲載されている場所です。

ほとんど、地元の人も知っている方は少ないと思いますが、上原城から北方向に桑原城がございます。

由布姫のお父様 諏訪 頼重が武田軍に上原城を攻められ、桑原城に逃げ込んだといわれています。桑原城で諏訪 頼重は武田軍に取り押さえられ甲府に連れて行かれ、信玄に降伏し、切腹したようです。

Img_7152 由布姫もそのとき14歳の若さでした。いろいろな思いが交錯していたと思われますが、武田信玄の軍師山本勘助の出会いによって新たな人生をスタートさせたゆかりの地のように感じました。

諏訪湖地域は私が生まれる前に豪雨災害で被害が出たようです。今の諏訪湖周辺の整備でこの桑原の山の土砂を使い諏訪湖周辺の整備に貢献したようです。諏訪 高島城近くに慰霊碑もございました。

たまたま、桑原城手前に公園がございました。ピンクドルフィンは公園内を散歩していたら、地元のおばあちゃんが伝説ではなく、本当の話としていろいろ教えてもらいました。

Img_7149 今は甲州街道 国道20号が走っていますが、本当の道は先ほどの上原城と桑原城を結ぶ細い道があるそうですけど、崩れているところがあるのと、若い世代の方があまり興味がないとの事を話してくれました。

このほかにも鎌倉街道もあるとの貴重な話をいただきました。ピンクドルフィンも学生時代川崎・横浜・鎌倉で仕事をしていました。少しづつ、鎌倉街道も頭の隅にいれ、いろいろ探求したいと思います。

桑原の地名は桑畑が多かったようです。この周辺の古いお寺があり、参拝しましたが、桑の木をしっかり祭っていました。諏訪のエプソン近くも昔は綿を作っていた工場が多かったことも教えてくださいました。

今は、図書館・博物館の資料も大切ですが、地元のお年寄りの体験話から、いろいろと感じることができました。本当に貴重なお話を聞けてありがとうございました。

ちょうど、桑原城頂上につき、信州岡谷の小坂観音院に参拝した後に厚い雲から太陽に光が差し込んできました。

ここ最近、太陽からいろいろ教えてもらっています。すべてのいのちは太陽の光によって成長しているように感じます。毎日当たり前のように、朝日が昇り、西に沈んでいくことのすばらしいサイクルを忘れていたようにも思います。

太陽の光はいろいろな色合いを出しています。この光とオーラは同じように感じています。

自然からいろいろな色について学び、今は消化している時のように感じます。

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画面中央方向は西です。

由布姫様が眠る信州岡谷の小坂観音院!

ここ桑原城にも石碑がありました。

互いに向かいあっていました。

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おばあちゃんの話の中で、武田信玄の骨がこの近くのお寺に収められているとの事を話してくれました。

武田信玄の最後は謎だらけの伝説です。

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由布姫生まれ育ったゆかりの地 信州茅野 上原城 バージョン14

信州茅野 上原城は諏訪市・茅野市の境界付近にございます。

中央道諏訪IC降りて向かいの山にございます。信州岡谷 小坂観音院の東方向に上原城がございます

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山手中央の道は信州伊那市 高遠方面です。

諏訪大社 前宮

がございます!

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由布姫様が眠る信州岡谷 小坂観音院方向です

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信州 飯田 元善光寺 バージョン13

中央自動車道 松川IC降りて 飯田 元善光寺にも行きました。

6月2日の信州善光寺参拝から飯田 元善光寺に行ってみたい思っていました。

愛知の善光寺を入れて3箇所の善光寺参りができうれしいです。

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階段を上がり、右側の慰霊碑がございますが『南無阿弥陀仏』の阿弥陀様がありました。

奥のほうにもとても古い石碑がございました。

信州善光寺のような豪華さはないのですが、木々の多さ、静けさを感じました。

ピンクドルフィンは信州塩尻の中央にすんでいますが、北信の善光寺をはじめ、南信の元善光寺にも行こうと思います。

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愛知犬山 善光寺 バージョン12

愛知犬山 善光寺は成田山の裏手にありました。善光寺はピンクドルフィンの関わり合いが深いお寺です。

善光寺家紋にも出会うことができました。

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お寺の住職様にも信州から来ました。お声を掛けましたが、喜んでくれました。

なぜかこの善光寺さんにお相撲さんがいました。

なごや場所の稽古場としても使っているそうです。

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成田山大聖寺(愛知犬山)バージョン11

犬山城東側に大きな成田山大聖寺があります。

モノレールも駅前にあり、見晴らしもすばらしいです。

犬山成田山は千葉県成田市の大本山成田山新勝寺の別院で、寺号を大本山成田山名古屋別院大聖寺と申します。成田山新勝寺は、天慶3年(940年)に寛朝大僧正によって開山された真言密教の寺院で、弘法大師が敬刻開眼された不動明王をご本尊としています。名古屋周辺のご信徒様がたびたび千葉まで参拝されるのは困難であることから、昭和11年に別院建立のための奉賛会が結成され、第二次大戦の混乱が収まった昭和28年に中部地区最大の不動尊霊場として開創いたしました。

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ここで事務所の中を見ました。

不動さまについてもなんとなく見えてきました。

確かじいちゃんの干支は戌年で、阿弥陀如来様かも?

ピンクドルフィンはもしかすると丑年で虚空蔵菩薩様かも?

いろいろと見てるだけでも勉強になりました。

おみくじは第34番 吉

いつかまた、千葉の成田山に行ってみようと思います。

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針綱神社&三光稲荷神社(愛知犬山)バージョン10

犬山城入り口に二つの神社が並んでいました。ここ最近、宗派が違いを感じていますが、どうしても同じに感じてしまいます。神主様に聞きましたが、パンフレットをいただきました。

きっと祭っている神様が違うように感じました。

針綱神社にお邪魔しました。針綱神社の犬と白馬さんが特徴の神社のように感じました。

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三光稲荷神社に参拝しました。

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ここでおみくじ引きました。

第十番 小吉 

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ワンに招かれ犬山城(愛知)バージョン9 

Img_5479 ここ最近、自宅近くのお寺に犬山から送られた石碑を見て興味を持ちました。

『出 あえて よかった ようこそ ようこそ』の詩を読んだときに『4』=よが響きました。ちょうど、ハートチャクラのグリーン&ピンクにしようと決めた句です。

犬山の人が作った句でいつか言ってみたいのと、愛犬ワンにお世話になっているので、何かヒントがあるように考えていました。

中央高速小牧東ICから15分くらいでした。

ここで国宝 犬山城のご案内をします。

伝統・歴史が古く創建470年だそうです!

古い建物・庭園には何か昔の人々の思いが詰まっているように感じます。

前職・土木関係の仕事の時には新しいものを求めていたように感じます。

Img_5478_3 しかし、新しいもの&古い伝統を融合させるのも楽しいようにも感じています。

明治維新で、多くのお寺・城が処分されたことを最近聞きました。

全国でも国宝の城が、犬山城・彦根城・愛媛城そして信州 松本城の4つだそうです。

全国の4つに入っていることもすごいことのように感じます。

松本城は周辺を通るだけでほとんど中の様子は知りません。確かに、大阪城・高島城の中を見たときに、コンクリートでできていて入りたいなとは思いませんでした。大阪城にはエレベータもついていました。障害のかたにも見ていただけるような創りでした。

Img_7496 画面中央に見える山は犬が伏せているように見えます。信州塩尻 高出から南方向に、左側の頭側が御嶽神社・中央付近が西福寺・尻尾が、平出の泉です。

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犬山城&大杉様は犬山のシンボルのように感じました。

たとえ枯れても、それを保存しようとする地域の皆さまの思いに感動しました。

ふれてみましたがすごいパワーを感じ癒されました。

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天守閣の上から南方向 本宮山&尾張富士方向を撮影しました。

戦国時代に豊臣秀吉・徳川家康が小牧長久手合戦を行った地ということを地元のガイドさんから教えていただきました。

犬山の結われも聞きました。

戦国時代だけではなく、いろいろな深い歴史、濃尾地震・伊勢湾台風の被害もあわれた思いも今もこっているように感じました。先ほどの津島神社で織田信長の生まれが北陸地方出身や織田の奥様が津島出身でネネといっていました。『禰々(ねね)』は由布姫様のお母さんの名前と一緒で、戦国時代のつながりを感じました。

きっと、事柄は違っていても、シンクロ的なつながりがあるように感じています。

武田信玄・上杉謙信・織田信長・豊臣秀吉・徳川家康と有名な武将はいろいろな伝説や地域によっては尊敬したり、または憎んでいるところを感じました。

『風林火山』は武田信玄の甲斐の言葉のように捉えがちのようですが、信州諏訪市博物館の入り口正面に旗が立っていて意味も載っていました。ピンクドルフィンはまず、そのことが一番印象に残っています。きっとどの時代も、安らぎ・穏やかさなごやか・平和を望んでいるように思います。全国の皆さまも『風林火山』について触れてみてください。

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手前の橋はツインブリッジ犬山橋でおくには木曽の御嶽山がそびえたっているようです。

信州塩尻からは御嶽山は見えませんが、仕事で開田や今は中津川市ですが旧山口村まで仕事で行っていました。

御嶽山は火山活動で有名で、癒しのスポットのゆかりの地でもあります。ピンクドルフィンもこれから、木曽方面もいろいろ探索してみようと思います。木曽も伝統・歴史深く、木曽駒の馬も調べようと思います。お寺・お宮にはいつも馬も関係しています。

今回、一番びっくりした出会いは犬山城で武士の心得を教えていた、村瀬太乙の家紋がピンクドルフィンの家紋と同じでびっくりしました。

村瀬太乙は教育・文化・芸術に貢献したそうです。ピンクドルフィンはもしかして戦国時代で何かやばいつながりがあるようにも感じたのですが、今回初めて、この家紋と出会うことができました。そしてこの竹の家紋は平和の象徴のように感じました。Img_7459

ここ最近、愛犬ワンからいろいろ学びましたが、この偶然の出会いも、『犬』のつながりでたどりつけました。

もしかすると戦国時代の戦にもかかわってしまったとしても、すべて過去の出来事で、これからが自己で作り出す時代のように感じます。

これからまた、時間が取れたら、犬山図書館で村瀬太乙のことについてじっくり調べようと思います。

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犬山城のお土産屋さんで家紋マグネットを見つけ買いました。

犬山城 成瀬家 丸に酢漿草(かたばみ)紋

豊臣秀吉 太閤桐 

本多 忠勝 本多立葵紋(善光寺の家紋)

徳川家康 三つ葉葵紋

明智光秀 水色桔梗紋(信州塩尻市のシンボルも桔梗の花)

美濃兼山城 森鶴の丸紋(信州諏訪氏の裏紋と同じ)

いろいろと疑問だらけですが、感覚ですがつながってきて楽しいです。

犬山市の市の紋章が一に丸でとても深い意味があるように思います。

犬山城の入り口に3つの神社がありました。

犬山神社に参拝しましたが、太平洋戦争の慰霊碑もあり、深い思いも込み上げてきました。

針綱神社・三光稲荷神社・東側の成田山・善光寺に参拝に行きました!

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津島駅(愛知)周辺のご案内 バージョン8

津島駅の案内板と近くのお寺にも参拝しました。

お寺・お宮・お稲荷様が多くてまたゆっくり来たいと思います。

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牛に引かれて愛知 善光寺 バージョン7

Img_7359 名神高速一宮IC降りて、津島神社に向かう途中で善光寺の大きな看板が目に入り寄ってきました。

確かに信州善光寺 の紋章がしっかり入っていて、愛知のも善光寺があり喜びです。

犬山城近くにもございました。信州飯田 元善光寺にもよっていき、トリプル善光寺参りができました。

愛知善光寺さんの近くに赤信号で止まったところに八幡社があり、蓮の葉っぱも大きく、レンコン(蓮根とは、ハスの地下根が肥大した物で、食用に栽培される)かな・・・?

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偶然地元のおばあちゃんと話をしたのですが、ここの善光寺が一番いいと話してくれました。

地元のお宮・お寺を愛することが大切のように思いました。

『伊勢神宮』の見所ですが、伊勢の入り口が一番大切とのアドバイスいただきました。

ピンクドルフィンもまさか愛知に善光寺さんに会えるとは思っていませんでした。

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建物古く、歩くところも舗装されず、とても落ち着きがありました。

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牛頭山千蔵坊 宝寿院(津島神社北東)バージョン6

Img_7401 津島神社の蓮池の置くに真言宗智山派 牛頭山千蔵坊 宝寿院がございます。

明治初年に神仏分離令が神宮寺関係のお寺に影響を及ぼし、お寺が存亡したところがたくさんあるみたいです。

ピンクドルフィンも信州諏訪の諏訪市博物館で初めて知りました。実際に諏訪大社周辺にも神宮寺がございましたが、存亡したようです。神宮寺の仏像仏画・法具の数々が焼け討ちにあったみたいです。そのときの重要的遺品思いもなくなったようです。

ピンクドルフィンはなぜ、仏像塔が新しいのか知りませんでした。しかし、お寺の住職さんの思い出守られたところもございます。

Img_7400 牛頭山千蔵坊 宝寿院もその寺でございます。

今より1200年前弘法大師(空海様)が津島に来臨されたようです。時に人々が疫病に苦しむを哀れみ、薬師如来を弥五郎殿脇に奉安され、厄疫退散当病平癒の祈祷を勤修されました。以来、織田信長・豊臣秀吉の篤い信仰を受け、継承されてきたみたいです。

今では厄除け薬師様の祈願寺です。

信州岡谷 小坂観音院さんもちょうど1200年前弘法大師(空海様)が来たみたいです。

全国あちこちに弘法大師の銅像が祟っています。

ここの宝寿院石像は新しく、とてもかわいらしい厄除け像です。古いものは確かに怖いのですが、今世は穏やか・へいあん・なごやかの時代からかとても心が落ち着きます。

本堂の中はととても天王社仏像・法具・掛軸などございます。

いろいろと住職様に教えていただきありがとうございました。竜の願うをかなえる石がも教えてくださいましてありがとうございます。

蓮池の向かいにあり、黄色い蓮の花が咲いていました。

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『涅槃寂静』のお釈迦様はとても心地よさそうです!

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愛知 津島神社 ゆかりの地バージョン5 

Img_7366_1 愛知県 津島市 津島神社についてご紹介します。

ピンクドルフィンのお店近くに津島神社と関係があるお宮があります。それと、牛に引かれて信州善光寺参りに行って牛との関わり会いが深いのです。丑年、おうし座生まれでなぜか牛と関わり合い強いのです。

先日も、津島神社についてHPで調べたら愛知県と係わり合いが深くびっくりしてしまいました。場所は一宮ICより南、車で30分くらいでいけます。

Img_7389_1 中世・近世を通じて「津島牛頭天王社」(津島天王社)と称し、牛頭天王を祭神としていた。HPで検索していたら信州 上田の国分寺に何か関係する資料がありそうなのでいつか行ってきます!

東海道名所図会に、津島牛頭天王と記載される。

津島神社を散策したのですが、ひとつだけしか牛について祭られていないので、疑問に思い、受付で聞いて見ました。

これも偶然ですが、神氏様がこころよく教えてくださいました。この牛頭天王の像が津島市内のあるお寺に祭られています。ピンクドルフィンはいろいろと聞きながら、そのお寺つきとめましたが、お寺はごく普通のお寺でした。5月ごろ津島神社の献詠際の時だけ、一般公開されるようです。写真ですがその像を見ることができました。来年は5月5日津島に行きたいと思います。5月3日は信州岡谷の由布姫様の関係の深い小坂観音院の本堂の観音様を見て、津島の牛頭天王の像も見たいと思います。今からワクワク楽しみです。

Img_7379 偶然ですが、三河・津島&信州・塩尻は一条天皇とも関わり合いがあるように思います。

あと、成田山についても偶然が津島市内にもございました。それはたまたま、『こころのふるさと尾張津島』の観光パンフレットを見ていたら、信州塩尻の武田信玄が旗揚げした西福寺と同じ名前のお寺が近くにあり、参拝しに行ったら、お寺の名前が実際と違っていました。

地元のおじいちゃんに確認したら、いろいろ教えていただきました。

津島市観光課にもお邪魔していろいろ聞いて見ましたが、歴史にあまり詳しくはなく、教育委員会の人に聞いていろいろ教えていただきありがとうございました。

あまりにも伝統がありすぎて、少しづつですが、謎解きしていこうと思います。

ここからは画像でご紹介いたします!

津島神社参拝は雨でした。カメラレンズに雨のすづくが付き、霊的な写真に見えるかと思いますが、心霊写真ではありません!

ご本殿創建四百年!

4は第四チャクラ(グリーン&ピンク)です!

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伝統深い神社ですが、東海地震・伊勢湾台風の影響で木々が倒れてしまったり、本殿も燃えてしまった歴史があるようです。

地形も木曽川を中心に岐阜県の山々の伏流水が湧き出す地域で水が豊富の地域のように感じます。木曽川の源の水は信州塩尻が起点です。

いろいろと周り、井戸など・池や伊勢神宮とも深い関わり合いあるようです。

信州の中野・松本に似た地形のように感じました。

ピンクドルフィンのお寺・お宮参拝の仕方としてまずは、入り口から大切にして、じっくり見ていきます。木々の様子や石碑などです。本殿・本堂は最後に参拝するようにしています。

これからは行った順にご案内いたします。基本的には石碑等は移さないようにしています。

多くの皆さまが、実際足を運んで感じていただけたら幸いです!

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よくお宮・お寺に立て札が置いてありますが、よく見るととても勉強になるのと、そこのお宮の強いメッセージが映し出されているのと、地元の思いも刻まれています。参考にしてください。

ピンクドルフィンも木々を撮影したかったのですがあまり感動する木が少なかったように思います。信州善光寺のように痛々しい木々もあってもいいのかな・・・と思ってしまいました。お宮は格式高いようにも感じます。

信州善光寺はすべての宗教が祀られているため、6月2日の参拝はとても大きな学びになったように感じます。お寺でありながら、お宮・お稲荷さん・ブッタ様・キリスト様や生き物すべてと手紙までありとあらゆるものが、本堂周りにありました。木々も古いものも残し、新しいものあり、融合された信州一番のお寺のように感じます。だから、全国の皆さまから愛されているお寺のように感じます。

でも、どこのお宮・お寺はやはりすばらしい癒しの場のように感じます。そのときの災難など、二度と繰り返さない思いが刻まれています。

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津島神社境内に2本のイチョウの木がございました。

とても太く時代も古く、津島市のシンボルのように感じます。

雄株・雌株のようです。

イチョウは第3チャクラ(胃腸の辺りのエネルギーセンターで自己を認め好きになる黄色です。)津島神社のちょうちんの色も黄色でしたが、2007年喜び&楽しむ色のように感じます。神社の関係者様にはいろいろと教えていただき感謝いたします。愛知市民の皆さまの深い思いも感じることができ、とても良き一日でした。

最後に7月に大きな祭りが行われます。

一部ですが、地元の人に話を聞けて感謝いたします。

最後に本殿参拝し、おみくじ引きたら、第48番 末吉でした。

また、チョコチョコ、参拝しなさいとう事のように感じます。また、行きます!

なぜか、お宮様と愛称がよくないんです・・・・人生もっとエンジョイかな・・・!いつか必ず、大吉目指します!!!なぜ、豊国神社は大吉だったのかな・・・?

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ピンクドルフィンは竹が大好きです。

ここ津島の池の周りには竹だらけでうれしかったです!

確かすぴこんの日が祭りのような気がするので、行ってみようと思います。そして目指すは、『伊勢神宮』です。初めて伊勢に行きます♪

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豊臣秀吉ゆかりの地 信州 高島城バージョンⅣ 

Img_7012 天生18年(1590)、当時の諏訪領主諏訪頼忠が徳川家康の関東転封に従って武蔵国へ移ったあと、豊臣秀吉の武将日根野織部正高吉(ひねのおりべのかみたかよし)が諏訪に転封、2万7千石を与えられ諏訪の領主となりました。高吉は安土城や大阪城の築城の名手。転封の翌年、天生19年(1591)にはすでに城地の見立てと設計を終え、翌文禄元年(1592)に着工、慶長3年(1598)まで7年ほどかかって高島城を築城。その後徳川軍に属した諏訪頼水(頼忠の子)は慶長6年(1601)家康の恩恵によって旧領諏訪に帰り藩主となり、以後10代藩主忠礼に胃たる270年の間、諏訪氏の居城としてその威容を誇りました。

Img_7092 しかし明治4年(1871年)廃藩置県により封建制のシンボルである城郭の撤去が決定。明治8年(1875年)には天守閣の撤去が終了。翌年明治9年(1876年)、本丸跡高島城公園として一般に公開されました。

諏訪住民の高島城に寄せる愛着が強く、昭和45年(1970年)、天守閣が復興されました。同時に冠木門・角櫓なども復興されましたほか、当時の石垣の一部も残るなど、今も往時を偲ぶことができます。

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桜&お堀の関係!

今の土木建築も見習ってもらいたい所です。

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鶴&亀&鯉

亀中央左にいます!

Img_7080 中央 亀!

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中央下、左にかも!

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中央道双葉SAエリヤ以来の登場!

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ホタル成育中です!

今週から信州辰野町ホタル祭りにお越しください。

信州塩尻 みどり湖もホタルのふるさとのようです!

ピンクドルフィンは明日大阪城&と豊国神社に行ってきます。すぴこん会場近くですので楽しみです。前回参拝していますが、ゆっくり散歩したいと思います。

大阪の定食のおばちゃん、お会いできることを楽しみにしています。

先ほど、長野の癒しの事務局から連絡が入り、6月30日に出展を頼まれましたが、なごやすぴこんでいけません。本当にすいません。

しかし、11月24日(土曜)三連休中日に長野癒しの広場開催決定しました。

ピンクドルフィン信州も出展予定です。信州北信・東信の皆さま&新潟の皆さま&群馬の皆さまお楽しみに、また、他界した宮下富実夫 様の奥様も出展することを楽しみにしています!

信州善光寺再建300年記念です!ピンクドルフィンも善光寺本堂参拝楽しみにしています!!

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昨日、諏訪大社 前宮本殿が偶然空いていました。

神主様がいましたが初めて神棚を見ました。

6月16日牛伏寺参拝したのですが本堂横のコンクリートの建物も開いていたので中に入り参拝しましたが、現場のおじさんがいていろいろ教えてくれました。昨日、諏訪市博物館で見た仏像より古く、びっくりしてしまいました。おみくじ番号9 大吉 ソウルメートカードは勇気(勇気を出して前にすすみましょう!)ひさしぶりにウッシー&レッシーに会えてよかった!

現場のおじさんに聞いたら、たまたま運がいいとのことでした。最近流れに任せています。ラッキーと思っています!

実は高島城の家紋は、信州塩尻の南熊井城跡地のお寺と信州松本の牛伏寺と同じでした。牛伏寺様にも聞いてみたら・・・・やはり!信州善光寺に戻ってしまうのかな・・・・

最近は家紋からいろいろな関係を紐解いていますが、すべてつながっているように感じます。

精神世界は宗教とは無縁です!しかし、ピンクドルフィンは『阿弥陀様』が一番落ち着きます!

6月2日信州善光寺参拝から明日で、15日目です!(15夜お月様かな・・・)

大阪すぴこん終了後、竹取物語絵巻の諏訪市博物館をゆっくり読もうと思います。

左側が、信州茅野 上原城 正面が八ヶ岳連邦です!初めて綺麗な八ヶ岳撮影できました。午前中、塩尻のお宮・お寺周りしましたが、スカイブルーで気持ちよかったです。

明日、大阪も快晴でありますように・・・・

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由布姫ゆかりの地 信州高島城 バージョンⅢ

由布姫さまのゆかりの地 信州諏訪 高島城のご案内いたします。

実は高島城の中には入らず、受付でいろいろな資料だけいただきました。城の周りに答えがあり、とても勉強になりました。まずは、高島城の風景をお楽しみください。

今週末、大阪すぴこんに出ますが、豊臣秀吉のゆかりの地でもございます。

3月4日(満月)に大阪すぴこんに参加し、朝、大阪の定食屋のおばちゃんから『おおきに!』の言霊パワーをいただいてから、すばらしい出会いが起こったことに感謝します。

明日、早朝、大阪の定食屋目指して、喜んで行きます。

大阪すぴこんでは皆さまに大阪定食パワーでロマンゆかりの地 信州のパンフレットも多く提供していきます。定食屋のおかあちゃん~お会いできること楽しみです!

大阪・関西の皆さまお楽しみに・・・・

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ピンクドルフィンは確かに高島城を見て感動しましたが、実はこの周りにすばらしい所がいっぱいありました。

これから大阪すぴこんの用意のため、あとでご紹介します!

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由布姫ゆかりの地 信州岡谷 バージョンV

信州岡谷 小坂観音院の再度ご紹介いたします。住職様からも見ごろなところ&癒しスポットを教えていただきました。住職様がまとめた資料もいただきました。ピンクドルフィンも同じ考えでしたので写真と共に紹介いたします。

駐車場は2箇所ございますが、小坂市場の所に車を止めて歩いていったほうがいいように感じました。もうひとつの駐車場は確かに近いのですが、お寺の裏から入るような感じになります。偶然ですが、岡谷天然記念物シダレザクラも見ることができました。最近は天然記念物の響きに感動してしまいます。(地元も人の話ですが、一部枯れそうなところもあるそうです)

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ピンクののぼり旗いいですね!

『風林火山』ののぼり旗の色でだいたいお寺・お宮に特徴が出ていておもしろいです。

ピンクはロマンの色です。

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右側の灯篭の文字『信州 一ノ宮』について皆様は疑問を沸きませんか?

ピンクドルフィンはなぜ・・かなとおもっっていましたが、諏訪市博物館&諏訪大社本宮で巫女さんに確認してわかりました。おみくじも引いてわかりました。ちなみに番号38番 吉でした。ソウルメイトカードで楽しんでいます。大阪すぴこんが楽しみです。

今週末、なごやすぴこんが開催されますが、ゆかりの地と関係しているように感じます。

住職様の話の中で言葉はいろいろとくずして、ダジャレ風に感じることも大切との暖かな言葉いただきました。啓子先生も結構、言葉・単語を笑いに変えて紹介している点も参考になります。

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ここで住職様からの資料より『お寺の中には癒し物質がいっぱい』について、天気・地気・杉&サワラから空気・マイナスイオン・フィトチッド・土の香りなどがで出ています。

樹齢500~700年以上の木はエネルギーを蓄積されています。

実際にそこの場所に行ってぜひ体験してみてください。ブログ写真でも見て癒されますが、まずは味わってみてください。

確かにお寺・お宮は怖いといと感じてしまうかも知れません。

お寺・お宮は昔から地域の皆さまから愛されているおかげで、木々が生きているように感じます

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先ほどの臨時時駐車場から上がってきたほうがいいように思います。

小坂市場が目印で新鮮野菜が豊富にあります。

安くて新鮮です!

ピンクドルフィンは花を買いました。

小坂観音院のことなら『小坂市場で・・・』

一休さんがおもてなししてくれますが、反対側からの看板です。

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西側からの本堂です。

由布姫様のひいおじい様が建てたお寺のようです。

すごい伝統を感じてしまいます。

『筆塚』はこの本堂と関係が深いみたいです。

伝説話ですが、ピンクドルフィンは伝説話を元にいろいろと謎解きができ、新しい発見・気づきができ楽しい毎日です。

オーラ写真も心を写すオーラとして読み取ることができ、新たなる学びの毎日です。

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龍の手水ですが、実は水道水のようです。

入り口付近に地元の人たちが使っている水がございますが最後にご紹介します。

就職様が教えてくださいました。

参拝前に手を清めるための意味があるように思います。

諏訪大社本宮の手水も水道水を使用しています。

きっと衛生管理上に問題があるといけないからしょうがないように感じます。しかし、必ず、湧き水・山からの水を取っている水がありますので、周りを見るのも楽しいように思います。信州の水道水も飲料水として飲むために最低の消毒基準にして、生活水に提供してお