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信州 岡谷 小坂観音院 その8

中央自動車道 諏訪湖SAエリヤから岡谷JCの間に由布姫様が眠る信州 岡谷 小坂観音院 のご紹介をします。8 数字は横にすると無限になります。なぜか偶然ですが8になりました。ソウルメイトカードでの意味は寛大な心(寛大な心(第四チャクラ=グリーン=ピンク=ハート)は人間関係に豊かさをもたらします!!!

4月 諏訪頼重を滅ばす

   山本勘助&由布姫のロマンの出会い

6月 勝頼誕生

   上田原の戦い(上田原古戦場)

   戸石城の戦い(砥石城)

   由布姫没(信州 岡谷 小坂観音院)

信州 諏訪湖周辺コースは由布姫が暮らした地&25歳で早折した由布姫が晩年をすごした地!

諏訪湖周辺は武田信玄の本格的な信濃侵攻の幕開けあけた地。1542年、武田信玄はそれまで諏訪を支配していた諏訪頼重を自刀に追い込み、諏訪頼重の娘・由布姫を側室として迎えた。今世は今のように自由でなく、戦国時代の裏の姿を思うと胸が痛みます。

戦は勝てば勝者、負ければ敗者の扱いが大きく取り扱われているように感じます。

ピンクドルフィンは勝者・敗者は関係なく、敗者の中の思いを強く表したいと考えています。戦いの中には平和はおと連れないように思います。今回の『風林火山』のパンフレットを見ても、ゆかりの地めぐり&戦国の世の”ロマン(ピンク)’’がキワードのよに思います。

由布姫の父親が殺されてしまった思いこそが大切のように感じます。

井上靖様の原作では、由布姫は信州岡谷 小坂観音院と信州諏訪 高島城を行き来していたと記載されています。信州茅野 上原城跡は諏訪盆地を一望する金比羅山に築城された諏訪氏の山城跡。室町時代後期(1466年ごろ)の城下町ともに整備されていたとされる。武田信玄により領主・諏訪頼重が滅ぼされて以降は武田信玄の信濃国攻撃の拠点のひとつとなった場所のようです。

信州諏訪・岡谷は山本勘助&由布姫がロマンの出会った町です。

信州善光寺参拝後、偶然『風林火山』に興味がわき、ただの観光案内パンフレットと2冊程度雑誌で、信州中心を実際愛犬ワンと歩きまわっていたのですが、いまいち人々の関係が分からないので、家の近くの本屋に言ったのですが、なぜか『風林火山』の本がNHK大河ドラマ・ストーリー風林火山1冊しか置いてないのです。店員さんに聞いたのですが塩尻はなぜか売れないのと、町自体がぜんぜん風林火山に乗っていないことに今気づきました。

信州 ピンクドルフィンはこの本の一番最初の因果関係と実際全国を回って感じたことを本屋に販売していない内容で特集していきます。テーマは『信州 岡谷&塩尻 山本勘助&由布姫がロマンのゆかりの地』とだしして信州中央(中心)のご案内をしていきたいと思います。この内容はピンクドルフィンが、直接地元の人の話(伝説話)を元に掲載していきます。

2007年6月からは喜び&楽しむ時代の幕開けです。先日のミッキーに招かれ千葉すぴこんがその証拠のように感じます。

全国の皆さま、どうかピンクドルフィン『風林火山』をお楽しみに・・・

ここで、久しぶりになんくるカード掲載します!

チャレンジャ:チャレンジしよう 気になることを

        わくわく冒険 今のうち

        これで あなたも チャレンジャー

ピンクドルフィンは啓子先生を信じて チャレンジャーします!!!

   

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